風化
知人のtweetを見るまで今日がカートコバーンの命日だって忘れてた。彼の命日自体、推定日でみるべきか発見日でみるべきかその辺の事はあるにせよ、なによりも自分はそれを忘れてたって事が何か胸に刺さる感じがした。
結局のところほとんどのことは忘れ去られてしまうんだろう。一体いつまで記憶を保っていられるのかな。肉体が尽きればこの先進んでゆくものはもう何も生まれず、微かな記憶が風化してゆくだけなんだろうなと思うわけ。カートコバーンの歌は今でも聴けるし、DVDを再生すれば彼がギターを叩き壊す姿もすぐに目の前に表れる。残したものがあるからね。彼には。
結局のところほとんどのことは忘れ去られてしまうんだろう。一体いつまで記憶を保っていられるのかな。肉体が尽きればこの先進んでゆくものはもう何も生まれず、微かな記憶が風化してゆくだけなんだろうなと思うわけ。カートコバーンの歌は今でも聴けるし、DVDを再生すれば彼がギターを叩き壊す姿もすぐに目の前に表れる。残したものがあるからね。彼には。
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 風化
このブログ記事に対するトラックバックURL:

コメントする